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Saturday, August 13, 2011

8月9日 (水) 仕事の話、OPT、8月と9月の過ごし方


インターンのオフィスへ。昨日でHULTのMBAプログラムは全過程が修了したのだけど、インターンシップは期間が8月10日までとなっているためだ。

さて、メンターからうれしい話があった。私がフルタイムのポジションを見つけるか、今の部署に新しく誰かを雇えるようになるまで、外部のコントラクター (個人の下請け業者のようなかたち) で、今のチームと一緒に仕事をしないかということだ。チームはとても好きだし、私のOPTの労働許可は就業形態に関わらず週20時間以上の労働をしていれば維持される。何よりも、これまで数ヶ月間コツコツと足を運んで、なんだかんだやってみた仕事が評価されて、少しずつ前に進んでいることがうれしい。

しかし、問題が1つ。私のOPTが10月1日から有効なので、私が米国で合法的に働くことができるのは10月になってからだ。この点について、メンターのナンやマネージャーのヘンリに上手に伝えないといけない。さらに、これでいったん米国で働くスタートラインには立てるものの、長期的には来年9月にOPTが執行するまでにビザをサポートしてもらえる仕事を見つけないといけないので、まだまだ前途は多難。ま、元から前途洋洋な人生など期待していないのでなんてことはない、か。

そんなこんなで、今からOPT開始までの約1ヵ月半は、就職活動とボランティアや英国エージェントとの翻訳仕事、そして趣味の読書なんかをして過ごすことになる。MBAの期間中、課題の文献以外を読む時間が極端に減っていたので、ここで知識や思考をアップデートしたい。また、HULTの同級生もボストンに多く残っているし、友人も米国を訪ねてきてくれたり、米国に住んでいたりするので、久しぶりの人に会って話をしたいなと思う。

Monday, August 1, 2011

バイバイ起業家スーザン

起業家スーザン (ライブラリアンではない方) の話の顛末。実は彼女とのミーティングがここのところ数回続けてキャンセルされていたのだが、先週の夜にサウスボストンのホテルに呼び出されて話をし、そこで私は彼女のビジネスから外れることになった。まぁ、これが最善の策なのかどうかは知らないが、仕事の仕方が合わないようなのでそれでいいだろうと思う。

彼女とビジネスパートナーのマイケル君と、私との間にいろいろとコミュニケーションの問題があったように思うが、彼女らの壮大な起業計画から離れた今となっては正直どうでもいい。彼女らからすれば、私から自主的なアプローチがないのでやる気が見えない、ということだったが、直近3回のミーティングの当日キャンセルにより激しくモチベーションが下がったのは事実だ。

別に賃金を得ていたわけでもなく、面白そうだから、あるいは後のネットワークに期待して、という理由でのボランティアだったので、お互いにニーズが一致しないなら、私としても手を引いた方が時間を有効に使える。新しくヘルプを探したり、1から事業 (…にまだなっていないのだが) の説明をしなければいけない先方の方にデメリットは大きいんじゃないかと思う。仕事の仕方やビジネスに対する考え方は全く合わなかったが、面白い人たちなのでビジネスがうまく行くことを祈る。

私自身の収穫としては、自分自身が「誰に、何を、どうやって、いくらで」というビジネスのコンセプト的なところで腹に落ちない仕事はやはりできないなというものと、アタマを使わなければいけない仕事の数はある程度絞らないと、効果的なアウトプットが出せないという当たり前のことだ。一緒にこの仕事を始めたK氏には申し訳なく思う。今度ラーメンでもご馳走させてもらおう。

Saturday, July 23, 2011

7月22日 (金) オフィスランチ。米国に暮らすこと。

6時半に起きて7時10分までに家を出ると、ノースステーションで30分早い電車に乗れる。そしたら事務所に9時前に着けるので、午前中にそこそこ作業が進む。

ランチは部署の面々と一緒に食べる。Directorのナン、Sr. Mgrのヘンリと、秘書ジュディー、4月頃に転職してきた新婚のビルと、中国系でほぼ米国育ちのキャトリーンで丸いテーブルを囲んで、仕事以外の話ばかりをする。これが私にとっては、いい勉強になるのだが、なかなか大変な時間だ。例えば話題が娘を殺害して逮捕された女性の裁判の話だとか、昔流行したTwilightとかいうドラマシリーズの話だとか、なんとかという映画に出ていたなんとかという俳優の話になると、米国の文化の中で育っていない私には、さっぱり何のことやら分からない。

おそらく、日本で同様の話をしていても、私はしばしば友人をびっくりさせるほど芸能ネタには疎いので、結局は沈黙を守ることになると思うのだが、せめて話題の人物が男性か女性か、年齢はどのくらいか、どういうキャラクターなのかなど、文脈から読み取れるところもあるだろうし、せめてテレビや雑誌で見かけたとかいうレベルでの知識はあることだろう(それか、全く注意を払わずごはんを食べる)。これがこのランチの場では全くできずに困ってしまう。

思うことは、直近4年以上を外国に暮らしていても、私はやはりそれらの国に外国人として居住していて、それぞれの文化に一部として溶け込むのではなく、それらを観察する側として存在しているということ。特に今の職場でこれを強く感じる気がするのは、これまでに過ごした留学生の多い学校という場所(米国、英国とも)や、世界各地から来た人の多かった以前のオフィスに比べて、ここのチームのメンバーは、世代こそ違えど同じ米国のカルチャーの中で生まれ育ってきている人が大半だからだと思う。

米国に暮らしていても、インターナショナルな空気(あるいは特定のカルチャー)がドミナントである場と、米国カルチャーがドミナントな場というのが存在する。これは日本でいえば、日本へ留学や仕事できている外国人たちが集まっている場と、普通の日本人の集まりとの違いに似ていると思う。違いは、前者のような場所が、日本と比べて米国や英国には非常に多いこと。私が経験した中では、米国よりも英国の方に多かった。欧州諸国に近かったり、国内に移民が「移民」として存在しているためかもしれないと思う。米国では移民は「アメリカ人」になろうとする、と昨日読んだブログにあった (ウォールストリート日記「アメリカ金融業界でのキャリア」 http://wallstny.exblog.jp/15144010/)。

そんなこんながあって、上のブログの最後の方にあった「MBAなど大学院からアメリカに来ても、現地に本格的に溶け込むのはかなり困難です。可能であれば、高校か大学からフルタイム留学をすることが、望ましいように思います。」という一節に私は大きな共感を覚えたのだけれど。さて、私はウォールストリートでのキャリアを求めているわけでもなければ、米国人になりたいと思っているわけでもない。ただ、この国をもっと知りたい好奇心はたくさんあるし、いつか日本へ帰るときには、もっとディープな経験を積んで本当に使えるこの国での知識や情報を持って帰りたいと思う。

なるほど、今のインターンでの経験は、ただ一年留学して日本へ帰っていれば、まず考えることがなかっただろうし、去年まで住んでいたロンドンとNYCやボストンとの違いについても、あまり考えなかったのだろうと思えば本当に貴重な体験だ。メンターには本当に感謝。就職活動についても、できる限りサポートすると言ってくれているので、こちらも愛想を付かされないようにベストを尽くしてあとは天命を待つくらいの気持ちになれるようがんばるか。

Wednesday, July 20, 2011

7月19日 (火) 分析資料作成とミーティングと。

朝からインターン先へ。いつもより30分早い電車に乗れた。
午前中、先週私が作った資料をベースにビルと打ち合わせをして、少しコンテンツを改良したあとビジュアルを整える。私が作ったフレーム自体は採用されたのだが、分かりやすいアイコンを入れたり、色を使ったりするだけで見栄えがぐっと良くなった。見習わないと。

ランチの前に、部門のシニアディレクターのナンとシニアマネージャーのヘンリに作成した資料をプレゼン。ものすごく好評で感激してしまう。「このエクセルを元に誰かにソフトウェアを作ってもらえば、どの業界の人も買うわ」だそうで、オンラインで使えるツールにして使用権を売った方がいい、とかアイデアは膨らむ。米人の褒め上手にはいつもかなわないが、このフィードバックはかなり良いものであるらしく、ビルも上機嫌。

ランチの後は、別件プロジェクトについてメンターに説明。午前中のビルのプレゼンに比べれば、もちろん英語のネイティブ・非ネイティブの差は埋められないのだけれど、それ以上に「口頭で言葉を尽くして説明する」という作業において私にはたくさん向上の余地があるなと感じる。書く分には、それほど問題を感じないのだが。それでも、これは無難に済んだ。ただ、ちょっとくやしいだけだ。

一方で、同席したライブラリアンのスーザンのデータ処理について、メンターが少し厳しく突っ込んでいて困った。複雑なデータをきちんと整理できていなくて、イライラが伝わってくる感じ。スーザンは私にも良くしてくれているので、うまくヘルプできればいいのだが、それをしていると時間を取られて私の仕事が回らなくなる。実は私のやった作業と連携した仕事でもあるので、大枠のデザインを私がやれればラクになるのになあと思わないでもない。

このインターン先での仕事は面白い。HULTのMBAでやるのと似たような分析作業も多いのだが、これが直接企業の収益につながっているところが良くて、やはり何をするにしても学習効果を最大化するには当事者意識が必要なのだと思う。

夜7時ごろボストンに戻り、HULTに立ち寄って起業家スーザンとのミーティングに向けた打ち合わせ。明日夜、サウスボストンで彼女とミーティングを行うので、それまでに少し考えを整理しておかなければならないからだ。これに関しては、いまいち進展が見えていないところもあって、何か売上が立つ状況になってからがおもしろいのかなと感じている。下準備は確かに大事で、このことは理解しているのだが、実際にプロジェクトが走り出さないと、どうにもリアルに落として考えにくい。

Thursday, July 14, 2011

7月13日 (水) 郊外インターンと起業家スーザン

朝からインターン。終了後にAndoverという町でミーティング。ごはんの後電車に乗って、ボストンへ帰る。家を出たのが7時過ぎで、帰宅が12時前になるという、日本で働いていたときと似た感じのスケジュール。MBA修了後に向けたリハビリをしているような気分だ。

インターンでは、米人ビルとのチームで市場分析のツールを作成しているのだが、夕方になって突然コーポレート本部的なところから資料のリクエストがあり、部署全体でこの作成に当たることになった。こういうバタバタは、日本でのはじめの仕事を思い出させる。よく夜の7時ごろに親会社から電話があり、今日中に何かをまとめて提出しろという指令が降ってきたものだ。

これになんとか目処をつけ、アンドーバーの町までタクシーで向かう。起業家スーザンとのミーティングはいつも長くなる。彼女の持っている情報量がとても多く、その共有に多くの時間が費やされている感じ。私は、基本的に思考の拡散よりも収縮の方が得意だと思っているので、次から次へと話が膨らんでいくと、いったい何の話をしているのだと不機嫌に(外からは見えないはず)なるので、適当なところでバランスを取らないといけない。

結局、ネットワークや顧客候補はいるのだが、サービスをどのような形で、いくらで提供し、顧客にどんなメリットがあるのかという点でビジネスモデルが完成していない。これを話し合おうとするとスーザンからの情報のインプットが必須なので、またミーティングが長くなっていく。しかし、このミーティングでは、なにかしらの進展があったように思う。次までに少し資料を作って相談できるようにしよう。

アンドーバーで8時半の電車を逃したため、ごはんを食べた後で最終10時半の電車に乗る。ボストン着は11時半。さらにバスに乗って、うちに帰ると疲れがどっと出た。忙しいのは良いことだ。

Tuesday, June 21, 2011

6月20日 (月) インターン、モジュールD、ショウロンポウ

インターン先のオフィスでは、2つのプロジェクトに参加している。コンサルティングファームや下請けの調査会社などのベンダーを把握して、定期的な評価を行うようにするプロジェクトが1つで、いくつかのマーケットにおける行政、病院、消費者などのステークホルダーの動向をざっくりまとめたランドスケープを作成するプロジェクトがもう1つ。今日は終日オフィスにいて、もらった資料を読み込んだり、まとめたり、いくつかミーティングがあったり。

水曜日からは最後のモジュールDが始まって、私はマーケティングリサーチという授業を選択するつもりだ。実は他の科目を希望していたのだが、今の仕事や関心のある分野での仕事につなげるのに、調査手法をもっと詳しく知っておきたいと思ったからだ。インターンのスケジュールにも影響するので、メンターに相談したところ、リサーチの授業を取るのはとても賢明な判断だと背中を押してくれた。

チームのスーザンがいつもと違う駅まで車で送ってくれたので、いつもより早く夕方6時半すぎにボストンに戻ることができた。何か美味しいものが食べたい気分だったので、Y氏と合流してチャイナタウンでショウロンポウを食べた。モジュールDの始まりを意識することで、HULTでの残り時間も少なくなってきていることが実感として感じられてくる。遣り残したことがないようにしないと。

Thursday, June 16, 2011

6月16日 (木) オフィス、バタバタ、たな卸し

火曜日に日本から帰ってきたが、しばらくブログを書いていなかったため、書き方を忘れてしまったような感覚に陥っている。まあ、とりあえず気を取り直して、再開してみよう。

今日は、朝からインターンのオフィスへ。最寄り駅まで1時間ほど電車に揺られるのだが、車内のWiFiを使って、メールの返信、友人から頼まれた翻訳や、ブログの更新、RtRのボランティア翻訳などをしていると、意外と集中できるらしくて効率が良い。

久々に顔を出したオフィスでは、チームの面々に挨拶をしたり、同じ時期にハネムーンに出かけていたビルの話を聞いたり。午前中は特に急ぎの用もなかったのでリラックスした雰囲気。午後、チームのミーティングと、少しのエクセル作業。ナレッジセンターのスーザンの仕事を少し手伝ったところ、出来栄えが気に入ってもらえたようで幸い。

HSAの面々からいくつか急ぎのメールが来たり、最近関わり始めたベンチャー企業のスーザン(名前が同じでややこしい)とのやり取りがあったり、日本の友人がドバイで行う講演の原稿翻訳の仕事を引き受けてみたり、明日はソーシャルイノベーションのファイナルだったり、相変わらずバタバタとしている。少し手を広げすぎた感が否めないので、明日の試験が終わったら、週末にタスクのたな卸しをして、気分も落ち着けるようにしたい。

Friday, June 3, 2011

6月2日 (木) インターン、ネットワーク、一時帰国

朝からインターン先のオフィスへ。お昼前にメンターと打ち合わせをしたところ、これから8月までに3つくらいのプロジェクトに関わらせてもらうことができるらしい。市場調査や競合調査、そして取引先選定に関わる業務まで幅広く、どれも経験として貴重なものだ。この面倒見の良いメンターに当たったことは、今年度のHULTのボストンMBA学生の中で私だけの超幸運だと思う。

午後にはチームのミーティングがあり、取引先選定のためのデータ整理の方針が決まった。私は明日から日本へ短期帰国するので、現地から余裕があれば作業を手伝う形になる。

夕方5時にオフィスを出て、最寄り駅でWiFiでインターネットに接続。アメリカはこの無線インターネットの普及が日本より進んでいて便利だ (実は日本の状況は長らく知らないが)。接続スピードも英国と比べれば雲泥の差。1時間ばかりのスカイプ会議に参加した。

以前HULTで行われた地元企業とMBA学生とのネットワーキングイベントで知り合った、ソーシャルメディアとハイテク関連の起業家と話をするため。これも、貴重な縁だと思うので大切にしたい。日本で起業している友人は何人かいるが、アメリカでの起業というとスピードが違うような気がしたり、エンジェルのような人が多かったりするのではないかと思う。ただ、想像の範囲を出ないので、結局やってみるに限るわけだ。

うちに帰ったらやけに疲れていたのは、前日からの寝不足と、突然仕事が増えたことによるプレッシャーもあったからか。ひとまずぐったりした後、荷物をスーツケースに詰め込んだ。さて、日本へ帰ってこよう。

Saturday, May 28, 2011

5月27日 (金) マーケ、HSA、中華壮行会、南米パーティー

8.30 am Solutions Marketing
3.30 pm HSA Meeting
5.00 pm Skype Conference
6.30 pm Farewell
10.00 pm Os BD

朝からソリューションマーケティングの授業があった。Thought Leadershipという少しつかみどころのない概念についての授業だ。意味を自分なりに噛み砕くと、「ある特定分野について知識を持っている者として、業界や関係者から優れた受ける承認」。例えばHULTはビジネススクールとしては珍しいNGO (Water.orgやクリントン財団) との提携でグローバルケースチャレンジを行ったことで、新しい取り組みを行い、ビジネスとソーシャルな問題を結び付けようとするグローバルなビジネススクールとしての認識を関係者から得たのかもしれない (それが得られた確証はないけれど)。

後半にはアクセンチュア (http://www.accenture.com/us-en/Pages/index.aspx) のはいパフォーマンス・リサーチセンターのダイレクターであるポール・ニューマン氏がゲストスピーカーとしてやって来て、自社のThought Leadershipへの取り組みについて語ってくれた。知らない分野の内容について早口で話されると、しばしばアタマが追いつかないのだが、とにかく企業としていろいろな取り組みがあることは分かった。

午後には、HSA (自治会) のミーティングがあり、スチューデントサービスやITとオペレーションの担当者などとHULTでの生活全般について話し合う。ここ数日、インターネットのサーバーに問題が起こっているらしく、この事情を聞いたりする。そのほかに、キャリアサポートに対しての学生の要望を伝えたり、また、卒業パーティーや卒業アルバムについても、学生が主体となって計画、運営するので、この予算や進捗に関する打ち合わせをしたりもする。

HSAに入っていることのメリットは、要望について自分の言葉で発信できるし、フィードバックを面と向かって受けられるので、とにかく納得感が高いということ。大きな組織では、なにがどうなっているのか分かりにくいと感じられることが多いと思うのだが、私は性格的にこれを極端に嫌う。あとは、私たちが受けとる情報を学生全体に共有していければいいのだが、今のところこれがあまりうまく行っていない。議事録は上がっているのだが、読んでいない人が多いし、読んだ上でも解決しようのない我侭ばかりを言う人もいる。

私たちの一年前にHULTでMBAを取得し、その後半年間のMFIN (Master of Finance) を先日修了、これから米国を離れることになる先輩S氏の壮行会。チャイナタウンでごはんを食べながら、米国での就職事情について聞くと、やはり状況は厳しくて、昨年、国籍もグリーンカードも無しで米国での就職を見つけた同級生は3人しか知らないとのこと。

私と同じように企業でインターンをしたあと、OPTを使って1年間滞在した学生たちも、これが本就職に当たってH1Bビザへの切り替えとなったときにうまく行かず、最近になって母国へ帰っていった人が複数いる。今のオフィスにもHULTの卒業生のインド人が1人働いていて、オフィスへ向かう電車の中で知り合ったのだが、彼もOPTが9月末で切れるようなので先行きが見えないと言う。私も今のインターン先に甘えないで、週末はもっと就職探しに時間を費やした方が良い。S氏がいちばん強調したのは、結局米国での就職において一番重要なのがネットワークだということ。誰かからの推薦なしに仕事を見つけることはとても難しいようだ。

その後、正直とても疲れていたのだが、ベネズエラのオスの誕生日パーティーへ向かう。最近、マーケのチームでも、HSAでも彼のパフォーマンスがあまり良くなくて、周りとの関係も少しギクシャクしているように思うので、こういう機会にリレーションをマネジメントしておくことはとても重要だと思ったからだ。結局、互いの人としての好き嫌いというのはチームのパフォーマンスに大きな影響を与える。世界中どこへ言っても変わらない。オスは元々とても気の良い兄貴肌なので、私にはない面倒見のよさや、みんなで何かをしようというアイデアをたくさん持っている。良い面を発揮してくれれば力になるのだが。

パーティーは正直大変だった。狭い室内2ベッドルームのマンションの1室で、騒音としか思えない音量で音楽を鳴らし、踊り、吠え、テキーラのショットを飲み干す。日本を離れてからいつも不思議に思うのは、どうしてみんなそんなにうるさいのが好きなのだろうということ。原始部族が日常を離れる機会である祭において、火を焚き、楽器を鳴らし、麻薬を吸入して、理性を失わせてトランス状態となるのと、同じような光景が目の前で繰り広げられているように見える。

12時になって隣人からクレームがきたにも関わらず、音量を下げてパーティーは続く。もちろん時間とともに音量は元通りになる。そんな中、私もテキーラを勧められ、初めは断っていたのだが、徐々に押しに負ける。部屋の中にいて断り続けるのは無理だ。結局3杯くらい飲んだ。ショットのあとにライムではなくオレンジを口にすると、ライムよりもたっぷりの果汁がテキーラの濃いアルコールを中和してくれるように感じた。

帰りは電車が終わっているのでクラスメイトがうちまで送ってくれた。とりあえずオスが私がパーティーに現れて、一緒に酒を飲んで騒いだことをとても喜んでくれているようで、次のミーティングではみんなで少し友好的な解決策に向かえるのじゃないかと思う。土曜と日曜は、少しゆっくりしながら、HSAミーティングの議事録、マーケティングのスライド作成、仕事探し、たまっているメールのレス、読書なんかをしたいと思う。

Saturday, May 21, 2011

5月20日 (金) オフィス、リムジン、ボーゲル塾

朝からオフィスへ。MBAの学習の一環としてインターンを許可するCPTというものがもらえたので一安心といったところ。8月まで授業のない日はこのオフィスで手伝いをしながら、自分のプロジェクトを進めることになる。プロジェクトの内容についてメンターと話し、チームのアメリカ人ビルがやっているマーケット調査の一部を担当することになりそうだ。



オフィスから最寄り駅まではタクシーを使う。
今日は近くにいたという理由で黒塗りリムジンが現れて噴いた。


いつもより少し早く、4時過ぎにオフィスを出て向かったのは、セントラルスクエアの近くで行われたボーゲル塾という有志の勉強会メンバーによるパーティーに参加するため。私はつい最近になってこの私塾の存在を知ったのだが、ハーバードやMITの学生やボストン近郊の研究者や社会人が集い、ビジネス、経済、医療や教育など様々な側面から日本の将来について語り合っているとか。

このボーゲル塾については、いくつかの有名なブログでも取り上げられているので、それらを参照のこと。中でも、これが秀逸。 MIT Sloan 遊学記 「ボーゲル塾の門を敲く」 (http://sloanmit.exblog.jp/7318833/)

今回のパーティーは一年間のお疲れ様会らしく、全く部外者の私が参加するのはとてもためらわれたが、ボストンと言う地の利を活かした、志の高い人たちに会える貴重な機会をロスするのももったいないので、とりあえず飛び込んでみた。

参加者には財務省、国土交通省、総務省といった留学中の官僚の人たちや、MGHの医師、ハーバードやMITの学生、理系研究者など、幅広いバックグラウンドを持った人たちがいた。主催者のボーゲル先生が途中で現れ、短いまとめのコメントをされたのだが、日本の状況は厳しい。中でも欠けているものはリーダーシップである。そしてこれまでのリーダーには問題を起こさないタイプが選ばれていたが、今後はそうではないタイプの方が良いのではないか、と言われたのが印象に残った。

とにかく私も授業が忙しくなれば、アタマがいっぱいになるし、自分の専門外の事柄については日ごろ注意を払わなくなる。ストラテジーの教官デネフも言うように、専門家と言うのは、勉強すればするほど、専門知識が深くなり、一方で専門領域が狭くなる。この分断というのが問題であるということを私もよく感じることがあるが、このボーゲル塾というのは、より大局的な視点から、リーダーシップや当事者として何ができるか、というところに焦点を当てているように感じた。

スピーチのあと、ボーゲル先生が近くを通ったので、もし卒業後に就職がうまく決まりボストンに残れることになれば、ぜひ塾に参加させて欲しいとお願いしたら、快くOKしてもらえた。なるほどボストンにいるメリットの1つは、こういった著名なリーダーたちが近くにいることなのだなと改めて感じる。

Wednesday, May 11, 2011

5月9日 (月) モジュールC開始。

11時30分よりYearbookの話し合い。雑誌の編集をしていたらしいウクライナ人のアナがいろいろと説明を加えるのだが、どうにも無駄に詳細な解説が多くて性に合わない。とりあえず使えるお金は決まっているのだから、その範囲で割り当てを考えればいいと思うのだが、人によって話の進め方が違うのは仕方ないがストレスがたまる。

その後、モジュールAでマーケティングを担当していたハーレイによるソリューション・マーケティングという授業。B to Bのマーケットでは、プロダクトとサービスを併せて、それぞれの顧客にカスタマイズされたソリューションを提供することが大事だという話だったと思う。自社が何かを売るという認識ではなくて、顧客の問題が解決された状態だとか、顧客に測定可能な価値が生まれた状態だとかを実現するのが、ソリューションの提供という概念の様子。

ソリューションを提供するためには、部門を横断した連携が不可欠で、そしてテクノロジーの果たす役割が多いとのことで、テクノロジーについて多少詳しいとこの授業では優位の様子。私は、ややこしいのは苦手なのだが。

その後、うれしいニュース。インターンの件でスチューデントサービスに話をしたところ、企業からのレターの問題が解決しそうな雰囲気だ。あとは、担当教官の許可待ちだが、ここでは問題が起こらないことを祈る。Deanには話が通っているので、担当をお願いしたハーレイの反応だけがキーになってくる。

あと、関係ないが、産業調査と呼べば、前職の仕事の内容を比較的正確に表現できることが分かった。英国での再生可能エネルギー産業の仕組み、炭素税の仕組み、政府によるコンサルティングファームの利用の仕方などを調べてレポートを作成していたので、産業調査とか、英語でIndustry Researchとか呼んでしまえばそれっぽくなる。

Saturday, May 7, 2011

5月6日 (金) ペーパーワークとコンサート

インターンの件、結論を言えば、前日から困っていたペーパーワークが結局うまく行かず、CPTというインターンを許可する書類が取れなかった。この承認を得ないままに企業で仕事をすると、法律に触れてしまうらしいので非常に面倒なことになった。

モジュールBの間は、メンターシップの一環として事務所へ出入りさせてもらっていた形だが、今後はいったん書類を整えてから出直すことになる。メンターのナンにも面倒をかけてしまい申し訳ない気分だ。とにかく月曜日にHULTのスチューデントサービスおよびキャリアサービスと話して、解決策があるのかどうかを検討したい。

そんな困っているときに、モジュールBの成績がメールで送付されてきた。全般的に振るわずモジュールのGPAは3.38 (B+ のわずかに上)、モジュールAと合わせて3.48となっている。オペレーションでA、チームビルディングでA-が取れていたが、あとはファイナンスII、CSR、ストラテジーがB+で終わっていたし、苦手なIT、マネジメントコミュニケーション、コンサルティングスキルがBで成績を下げていた。成績にこだわってもメリットはないらしいが、もうちょっとできるかなぁという印象。

帰り道に、最近知り合ったMITやハーバードの研究者の人たちと、Berklee音楽院の卒業コンサートに顔を出す。さすが世界でいちばん有名な音楽院の卒業式で、すばらしいパフォーマンスがたくさんだった。グラミー賞を受賞するような著名なミュージシャンもゲストに招かれて、数名は演奏にも参加していた。

年季の入ったプロの演奏というのは、特別なことをしていなくても存在感が違っているように思えて、何かを生業としてプロフェッショナルの領域に高めていくというのは、たとえ打ち込むものが違っても美しいものだと思った。卓越した業を自分の生き方の一部になるくらいに磨くことは、時間の掛かるプロセスで、効率の良い作業じゃないかもしれないが、とても素敵だと思う。

夕飯は、お気に入りのバーに寄った。ごたごたとしていることが多く、気分の優れないことが多かったりもするのだが、いったん肩の力を抜いて、来週からの授業とインターンに伴うペーパーワークに備えないと。

Thursday, May 5, 2011

5月5日 (木) 日本はこどもの日

今日もオフィスへ。受付のおばさんに、今日は日本じゃ子どもの日なんだと言うと、メキシコじゃ「シンコ・デ・マヨ」という記念日なんだと教えてくれた。別にこの人はメキシコ人ではないのだけど、どうやら米国では有名な記念日。グーグル先生に聞いてみると、どうやら対フランスの戦争に勝利した記念日で、別に祝日ではないらしい。国が違えば、祝日もいろいろ。

今日はなんだかんだのペーパーワークとお金をめぐって、不思議な感じにゴタゴタした日だった。

朝からメンターのナンが、別部門から頼まれているデータ入力の仕事があるがどう思うか、と聞く。私はなんでもやるよと答えるのだが、ナンが少し渋っていたのは、内容が極端な単純作業で私にやらせるべき仕事ではないと感じていたかららしい。そして、私にこのレベルの仕事をやらせるならば、経験にならないのだからせめて給与が発生するべきだと主張する。

私としては、今まで見たことのないシステムに触れることに興味がないでもなかったのだが、ナンは給料が発生するように掛け合わせてくれ、と言ってしばらく別部門の担当者と話した後、メンターとしてアキにこの仕事はさせられないわ、と結論を出した。結局午前中は、昨日までにやったリサーチの内容に、別の人がまとめた資料の内容を加え、パワーポイントにまとめる作業を行うことになった。

MBAのインターンの場合、本当は有給が基本のようだ。しかし、無給でのインターンが行われるのは、不況も理由の1つだが、業界や職種、そして何より働く国を変える場合に、多少の経験を積むため。私の場合はまさにそうで、これまで飲食系のベンチャーでの経営企画や財務経理、フリーランスでの翻訳、校正やコピーの作成、英国でのなんとも分野の定まらないリサーチ業など、特定の業界や分野に強みを持たずにやってきたため、今度のインターンは、グローバルな医療機器メーカーでの市場調査や競合分析など、汎用性の高いというか、別の企業に転職する際に評価を得られやすいであろうスキルを身に付けられることを期待している。

しかし、午後にまた書類とお金をめぐって問題が発生。HULTから正式にインターンの許可をもらうためには、申請用紙の他に受け入れ企業側からのレターが必要なのだが、この企業の法務部から、無給でのインターンシップにNGを出たらしい。最低限の賃金が支払われない労働は、米国の法律に触れることもあるらしい (そういえば英国でも同じようなことがあった)。しかも、今回の問題は、現在この会社では予算が凍結されているため、企業としてはお金を出せない様子。

で、さらにまずいことに、このインターンに関する書類をHULTに提出する期限が明日だというので、明日の朝ナンとまた相談することになった。どうなることかしら。

Tuesday, May 3, 2011

5月2日 (月) 喉が痛い。月曜日オフィス。

朝からメンターのオフィス。日本についての情報を新聞なんかを中心に集めてレポートにまとめる。提出先のヘンリが今日はお休み。なんでも中間試験だとか。彼女は、2児の母、兼、パートタイム学生、兼、チームのシニアマネージャー。非常にアタマの回転が速く、仕事もできる。すごい人がいるものだなあといつも思う。

ランチは、天気がよいのでお外で食べた。日差しが強くて暑いくらいだった。隣のマーケティング部門の人たちと同じテーブルになって、3名ばかりの人を紹介してもらえた。

午後、不意にメンターのナンから声を掛けられ、人事でMBA採用を行っているジルという女性を紹介される。そして、2時間後にまさかの面接。履歴書を見ながら、HULTのことや経歴を聞かれて、今空いているポジションの説明を受けた。興味があるというと、その部門の担当者に履歴書を回して面接をする気があるかどうか聞いてみるわ、とのこと。うまく進みますように。

その後、いつもの電車に乗ってボストンのノースステーションが7時半。HULTに立ち寄って返却されたマネジメントコミュニケーションの課題を受け取るが、成績はBと振るわず。構成があまり置きに召さなかった様子だ。きちんと見直して、文章のダメなとこは直していこうと思う。

Saturday, April 30, 2011

4月29日 (金) インターン、金曜のオフィス

インターン先オフィスにて調べ物や雑用。ものすごく天気が良い。テレビでいちばん大きな話題は英国王室のロイヤルウェディングだが、私としてはバッキンガムパレスをテレビで見ながらロンドンが懐かしくて恋しいな、くらいだ。英国ロイヤルファミリーには正直なところ一切関心がない。

事務所に着くとメンターのナンがいた。昨日NYCへ行くはずだったナンは、空港でフライトがキャンセルになり5時間待ちぼうけた上に向こうへたどり着けず、結局うちに帰って仕事をしていたらしい。NYCへ向かう予定だったのは、HULT主催のグローバルケースチャレンジを見学し、スピーカーだった元大統領のビル・クリントンに会うためだったらしいので、さぞかし残念だったことだろう。

金曜日のオフィスは人が少なくて、理由を聞くと在宅勤務にしている人が多いとのこと。日本じゃ考えにくいなあと思うが、擦り合わせだとかが少なくて済む仕事ならオフィスにいる意味っていうのは実は小さかったりするのかもしれない。なんにせよ、働き方も国によっていろいろ違う。

午後になってナンとモジュールCとDの間のインターンについて少し話す。週に2-3回程度オフィスに来たり家から作業をしたりしながら、プロジェクトをやって1科目分の単位として認めてもらえる。無給だが、勉強になるし実際のビジネスに関わることができるのはおもしろい。特に私は過去、小さな企業でばかり働いていたので、大手企業の様子が見られるのもレアな経験だし、履歴書に書ける内容としても使える。

外国人が米国で仕事を探す場合、こんな風にして英語がきちんと使えることを履歴書上でアピールしたり、仕事を探す国での組織できちんと仕事ができる人材だとアピールしていく必要があるのだとかキャリアオフィスで聞いた。道のりは、いつも険しいけれどがんばらないと。

Friday, March 4, 2011

3月4日(金) 超短期インターン最終日、金曜のオフィス

7時40分の電車でLechmereを出て、9時にオフィスの最寄り駅に着く。タクシーでオフィスに到着するのが9時20分。こうやって規則正しく生活するのがなんだか久しぶりで良い気分だ。たった4日間だけど、同じ事務所へ通っているうちに、受付のおばさんともチームの面々とも少しずつ仲良くなってきていたので、今日でまたMBA生活へ戻っていくのが少しさみしくもある。

最終日は、別の競合S社の直近の業績や戦略、製品の特徴なんかを調べて、また同じようにパワーポイントにまとめる。その後時間があったので、初日や2日目に調べた企業について、追加の調べものをしたり、スライドを少し見やすいように直したり。あと、エマが話しかけてきて、ヘンリが来週内容について説明してくれと言っているので、カンファレンスコールをしましょうとのこと。プレゼンは得意じゃないのだが、やってみるしかない。

金曜日はやっぱりみんな帰りが早い。このP社の人たちは普段私が駅へ向かう6時過ぎにはまだまだ事務所に残っていて、西欧の人はみんな5時ぴったりで帰るものだと思い込んでいた私にとっては意外だったのだが、今日は例外のようでみんな5時ごろからぞろぞろといなくなった。だけど、総合的に見て、アメリカ人はどうやらヨーロッパ人たちより長時間働いているように思われる。

現在、ボストンへ向かう電車の中。車両の中にWiFiが飛んでいてインターネットが使えるのがうれしい。帰ったら、もう少し資料をまとめなおして、プレゼンできるようにアタマを整理しよう。そして、明日はハーバードで授業があるので寝る前にリーディングを終わらせないと。

Thursday, March 3, 2011

3月3日(木) インターン、サムスンとヘルスケア業界、Union Oyster

朝からオフィスへ。ヘルスケア業界に新規参入した韓国サムスン電子に関する調べ物を行う。年末に帰国した際に、日本のテレビでは「韓国企業が元気だ、韓国企業に学べ」と盛んに繰り返していたが、英国にいた2007年だか2008年の頃から、欧州各地の空港や電化製品のショップではサムスンの製品が完全に日本製品を凌駕していた。

サムスンは2010年に今後10年の成長戦略を打ち出していて、新しい5つの成長分野にヘルスケアを含めている。これらのビジネス合計で440億ドルの売上、ヘルスケアだけでも100億ドルの事業に成長させようとしている。(参考記事 http://www.ft.com/cms/s/0/f8122690-5cab-11df-bb38-00144feab49a.html#axzz1FY3EElYV)

そして、最近大きなニュースになったのが、超音波機器で世界5位のシェアを持っていたMedison社の買収。いきなりGE、シーメンスなどとの大きな競合との競争に打って出ている。動きの速さは単純にすごいなと思う。(http://www.koreaherald.com/business/Detail.jsp?newsMLId=20101214000774)



ボストンへ戻って、HultのHSA (自治会) メンバーとUnion Oysterで夕食。オイスターやロブスターで有名な古いパブだ。また学内でいろいろと問題があり、話すことがあったので集まったわけだが、オフサイトでのミーティングというのは雰囲気が変わってよいと思う。私が食べたのは、シーフードの盛り合わせのような皿。名前は忘れた。美味しかったが、やっぱり量が多かった。

Tuesday, March 1, 2011

2月28日(月) インターン的なもの

ロンドン時代のクラスメイトで、今は国連本部(UN)でインターンをしている韓国人の友人は、日曜日の夕方にNYCへ帰って行ったが、彼女の2日間の訪問は私にとってはボストンを探索する貴重な機会になった。Quincy Marketで何かを食べたのも初めてだったし、松坂がプレーするフェンウェイ・パークのレッドソックスショップに行ったのも初めてだった。また、UNでの話も面白くて機会があれば、国際機関に関わるのもきっと面白いのだろうと思えた。

今週は、HULTでの授業が水曜日の1コマしかないので、メンターにお願いして彼女のチームに関わるプロジェクトにインターンのような形で参加させてもらっている。水曜日以外の平日にボストンから少し離れた事務所へ行き、デスクトップリサーチを行う。主なテーマは競合調査で、特に日本語が使える利点を生かして、日系企業の戦略や売上規模、特長的な製品などを調べてパワーポイントにまとめる。MBAでやっている内容とかなり近い。

初日は、H社、翌日にP社を調べる。どちらもヘルスケア業界に近年力を入れている日本の大手だ。この調べものをする中でうれしいことには、日本語を使える強みが生きる。H社はヘルスケアや医療機器に関わる子会社を持っているが、この会社は、英語での報告書が年に二回で、日本語では四回。つまり四半期報告書は日本語のみだ。そして、P社は昨年グループ子会社の1つをヘルスケアと改名し、この分野を重点事業の1つとしているが、まだ日が浅いためか、ウェブサイトには英語の情報がとても限られている。

調べたものについて社員のエマからフィードバックをもらって、少し修正して一日が終わる。最寄りのLechmereから電車に乗るのが朝の7時半過ぎ、帰り着くのが夜の8時ごろだ (オフィスが遠いのと、電車が少ないので)。でもなんだか充実しているのは良いことだ。