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Sunday, August 7, 2011

8月7日 (日) 最終プレゼン前日、相変わらずな私たち。


日曜だったが明日の最終プレゼンのためにリハーサルとミーティング。1時からのリハーサルでは、IXLのサムからいろいろとフィードバックを受け、さて直すところを直して資料を完成させてプレゼンに備えようと思ったら、2時半ごろからのミーティングがまた紛糾。

オスワルドくんは、準備最終日でまだ作業が残っているのに「あと1時間半で帰らないといけない。大事な用事なんだ」とか意味の分からないことを言い始めるし、ヘレンちゃんはヘレンちゃんで「みんな、チームというのはね…(以下、耳に入っていない)」とか意味の無いことを語り始めて、挙句「このチームには問題があると思う」とかタイミングの読めないことを言い始める。最終プレゼンの前日に大切な用事を入れて、なおかつそれを当日チームに伝えるオス。常に人と違った視点で、今大切なポイントと関係ないことばかりを話すヘレン。忍耐力を試される私。

彼らの発言の意味が分からないのも、発言に意味が無いのも、もういつものことなのでどうでもいいのだが、ただ今のチームに「私たちはどうあるべきか」を話し合う時間が無い。まず、修正点は修正する。追加点は追加する。その上で、どうやってプレゼンテーションを行うかを相談するべきだと言っても、とりあえず彼らは自分の演説に夢中になっていて聞いていない。このプログラムを通じて、こうして彼らの演説、意固地な主張と、それに対するダメ出しに時間を浪費させられてきたなあと感慨深く感じさえする。

で、いろいろあって、いったん役割分担をして、私とキショウでプレゼンテーションのスライドを編集し、ロジックに穴があったところを詰めて、必要な情報を追加していたら夜になってしまう。7時ごろ、スライドが完成する段になって (オスはほんとに2時間で帰った)、今度はプレゼンを私とラフールが担当したいと言ったことでヘレンちゃんが激昂。なんだかんだと非常に失礼な言葉を吐いたため、ラフールとほぼケンカになってしまう。彼女曰く「ラフールやアキのプレゼンには『自信』が感じられ無い」とのことで、一方の彼女のプレゼンは自信に溢れているが意味が分からない、という悩ましいシチュエーションだ。

途中で、私もいい加減聞いていられなくなって参戦してしまったため、穴だらけの議論を諭されたヘレンちゃんがお部屋から飛び出していってしまったり。あぁ、1年間MBAの授業を受けても、土壇場のチームワークってこんなものかと思うと切ないようでもあり、本質を学んでいるような気もしたりする。結局チームは人でできていて、いろいろな人のいろいろな性格を把握・活用するためのいろいろなスキルは存在するけれど、それを受け入れるだけの学習能力と自省する能力のある人でなければ意味がない。組織は人なり、とはよく言ったものだ。

結局ミーティングは9時半まで続いて、私はそこからMGHへ行ってお世話になっている医師のT先生から書類をもらい、閉店間際の米国式似非アジア料理店でごはんを食べて帰宅。プレゼンスライドをレビューしながら、プレゼンテーションの準備をする。明日は20枚弱のスライド (約20分) を担当するし、クライアントのオフィスでのプレゼンなのでしっかり練習しておかないと、きっと詰まる。

Friday, July 29, 2011

7月28日 (木) チャイナのBとチャイナのH

ALP、ビジネスコンセプトのプレゼンの日。

インターンの事務所にも今日は行かない。朝のうち、家で作業をしてチームとメールのやり取り。昼前になって、HULTのパソコンルームでパワーポイントをいじっていると、中国のボがいたのでとりとめもなく話をする。うちのチームのアイデアを勝手にバラし(今さらマネをされるわけも無いし、そもそも彼らのチームとはテーマが違う)、意見を求めてみると、どうやら現地に拠点を持つNPOと連携して若干の教育サービスを組み込めないかと言う部分が刺さったらしい。

そのNPOというのが、私が去年からボランティアで英日翻訳を行っているRoom to Readなのだが、この団体について話すと、興味津々でジョン・ウッドの本もAmazonで早速買うとのこと。彼が教育に関心があるというのは知っていたのだが、食いつきっぷりに少し驚いた。

ボーは、中国の東大みたいな北京大学出身、英国系銀行で法人営業をやっていたらしい。モジュールAでGPA3.80というほぼオールAの成績を叩き出した秀才で、クラスの面々も彼には一目置いている。彼と話していて思うことには、ほんと中国にはいろんな人がいる。これまで中国本土にべったり育った人間とあまり突っ込んだ話をすることは少なかったのだが(彼らが中国語圏学生同士で群れるため)、実は政府の批判をする人間だってたくさんいる。表立ってできないだけだ。今度、和食か中華でも食べに行こうかという話になる。

そんなことを思った後のミーティングで、同じ中国から来たチームメイト、Hが暴走。直前になって、すてきな背景のスライドに、お花畑が咲いている系のパワポ資料を送ってきた。前回のミーティングで決めたテンプレートは使っていないし、前回決めた目次にまったく沿っていない。プレゼンテーション本番まであと2時間半なのに、どうするのこれ?

スライドに関して決めたルールはこんな感じだ。「3つのラフなビジネスアイデアをクライアントにプレゼンするので、それぞれについて0. 背景(白地にオレンジの枠、共有済み)、1. プラン全体像(フレーム共有済み)、2. ターゲット、3. 提供するもの、4. 必要なリソース、5. 収支概算。」しかし、Hが作ったスライドにはなんとも言えず不思議な背景(青空の下にどこまでも続く道路)に、捉えどころのない抽象的な言葉が並び、それらが1枚のスライドにつき10回もクリックが必要なほど複雑なのにまったく効果的でないアニメーションと共に浮かんできて、無駄に、動く。パワーポイント覚えたての大学生か、と言いかけて、今の大学生はもっと賢いことに気づく。私が10数年前に大学生だった頃にやってしまった間違い、というだけの話だ。

作戦は2つ。彼女のスライドから使えるところを切り取って元のフレームと目次に収めるか、あるいは、彼女が発表するパートだけ、諦めてそのまま暴走してもらうか、だ。クライアントのいるプレゼンなので、どちらがクライアントにとってベターかを考えなければならない。結局、目の前でウニョウニョ動くアニメーションを解読して、切り貼りしてフレームに収めるのは無理だと分かる。いくら話を聞いても、いったい彼女が何を言いたいのか分からないからだ。今あるままを、とりあえず見た目だけ修正し、プレゼンのあとの質疑応答で周りがなるべくサポートすることにする。

結局、そんなこんなでバタバタとしながらプレゼン終了。クライアントからは3つ提案したアイデアのうち1つに対してGOが出た。これにまつわる現状の課題をきいて、次の8日のプレゼンまでにさらにリサーチして、提案を行う。心配したHのパートは、要するに全くなにが売りなのか伝わらなかったらしく、「大きな設計図だけど、そこにあることは全部すでにうちがやってるね」と、クライアントから根本的なダメ出しがでて、彼の時間をほぼ無駄に等しいので、私はとてもへこんだ。

とにかく、あと10日でALPも終わりだ。

Sunday, July 17, 2011

7月15日 (金) ミーティング、英作文講義、ごはん

朝からALPのミーティングが白熱。昨日のフィードバックを受けて、元々の課題であるインドの低所得者層向けのアイデアに絞って考えたい私とインド人2名 vs クライアントが好きだと言った自分のアイデアを貫きたいベネズエラ人のバトルだ。平易な言葉にすれば、「俺のアイデアの何が悪いって言うんだ、クライアントはこれが気に入ってたじゃないか、コノヤロウ」というエゴと、「元々ポイントがずれてるのが、どうして理解できないの?バカなの?死ぬの?(大げさ)」というエゴとのぶつかり合いである。情け無い・・・。

結局、午後に予定されているIXLセンターのサムとの打ち合わせの中で確認しようということになり、昼から電話をかける。ここでも張り切ったベネズエラ人が自分の意見をプッシュして、危うくサムが「じゃあ、その少し視点の違ったアイデアも入れてもいいかもしれない」などと、面倒くさいこと極まりないことを言いかけたものだから、私は全力で阻止。

フィードバックとして送られてきた「クライアントのニーズを外しているアイデアがある」という文面を読み上げる。そして、これを送りつけた上で、まだ「少し視点の違うアイデアを入れても」というのはオカシイのではないか、クライアントのニーズは何なんだ、あなたはクライアントと私たちの連絡役なのだから、先方のニーズについてもっときちんと把握してくれ、と詰めた。

で、これが功を奏し、結局、元通りに低所得者層にターゲットを絞って、次のプレゼンテーションに備えることになった。どうして、この当たり前の結論に達するのに午前を丸ごとつぶさないといけないのか意味が分からない。

夕方、IEMBAの人たちに向けて、英文の書き方のプチ講習をした。私たち英語を第二言語として話す人間にとっての英作文のコツは、ある程度決まった文章のパターンを覚えてしまうことだ。そのために使えるフレーズや、気をつける点などを30-40分くらいで解説。日本人ばかりだからと思って、日本語で資料を作っていったのだが、当日なぜかベネズエラ人(上記でバトった相手ではない)のエディスも参加することになったため突如英語でのプレゼンになった。英語でのプレゼンはできないわけではないが、やっぱり日本語に比べれば心の準備が要る。ところどころ流れが悪くなって、やっぱり継続しての練習が必要だと反省。

夜、このIEMBAの人たちとHULTの同級生の日本人で、世代間交流会をノースエンドのイタリアンで行う。HULTのMBAは一年で終わってしまうため、学年を超えたネットワークを作るのが難しいのだが、こういう機会がもてるのはうれしい。お店の段取りが悪く、店に着いてからみんなをかなり待たせる羽目になったが、料理はピザもパスタも素晴らしく、ワインもとても美味しかったので良かった。帰り道にちょっとしたアクシデントもあったが、無事に帰宅。

Saturday, March 19, 2011

【HULT留学情報】住居の探し方

今月の初めくらいから、今年度よりHULTのMBA留学にやってくる方たちから、連絡を受けるようになった。アジアでのアドミッションの責任者(だと思われる)Kが、入学予定者に対して私を紹介してくれている。一年制MBAのHULTでは、年度の違う先輩や後輩とネットワークを作るの難しいので、こういう機会をもらえているのは幸運なことだと思う。

さて、入学予定者の方々から受ける質問の多くは、以下のカテゴリーに落ちる。
  1. 英語への不安
  2. 入学前の勉強
  3. 住む場所の探し方
  4. 就職について
本当はここに「HULTの様子」というのが加わるのだが、このブログを読んで頂ければ多少の雰囲気は伝わっているのではないかと期待する。そして、入学予定者のみなさまからの質問にメールで質問に答えながら、内容をここにまとめておけば便利だろうと思い立ったので、手を付けてみる。

記念すべき第1回 (第2回以降に続く保証はない) は、HULT学生のための住居の探し方情報。ボストンでの家探しについて、私が留学前に参考にしたのが、MITの日本人学生が作成しているウェブサイト (http://web.mit.edu/sloanjapan/101/life/housing-when.htm) 。これがものすごく詳しくて便利なのだが、だからといって丸投げしておしまいでもつまらないので、実体験に基づいた話とHULTに限った話をいくつか。

まず、ボストンでの留学生の住み方の大雑把なパターンとして、「ホームステイ」、「ルームシェア」、「1軒借り」の形態がある。私はこの中でルームシェアをして暮らしているが、昨年こちらで家探しをしたときには不動産エージェントを使って1軒借りの物件もいくつか見たので、それについても分かる範囲で書いておく。ホームステイについては、正直分からない。

家を探す時期

HULTの授業が始まるのは8月末。私の渡米が8月9日だったので、7月に一度ボストンへ入り、家を探した。不動産屋によれば、アメリカではほとんどの契約が月の1日に始まり、そして1年間契約が通常。なので私は、8月1日からの契約を探すことになった。ちなみにボストンは留学生が多いため、8月になると部屋探しの競争は熾烈を極めるらしい。

なので、早めに動くことが大切だが、実はあまり早すぎても情報が少ない。特にルームシェアの場合には、割とすぐに入居できる人を探している場合が多いので、7月に探すなら8月入居、9月入居なら8月上旬くらいに見学に行って、かなりの即断を迫られる感じだろう。しかし、これが不動産屋を通す場合には、7月上旬の時点でほとんどが9月入居のテナント募集だった。

3月や6月からのIE-MBAに参加する場合には、当初HULTから紹介されたホームステイ先に滞在して米国生活に慣れながら家を探して、8月後半や9月1日から新しい場所に住み始める人が多い。

情報の探し方

私が利用したのがCraiglist (クレイグリスト) というウェブサイトだ (http://boston.craigslist.org/)。英国にはGumtree というのがあったのだが、とにかく何でも売りたい、買いたい、探している、などの情報を書き込むことが出来る掲示板だと思えば良い。

ここのHOUSINGセクションから、アパートを1軒 (Studio, 1BR, 2BR, 3BRなどがある) 借りるならapts/housing、ルームシェアならrooms/shareをクリック、Lechmere、Cambridge、Sommervilleなどの地名を入力して検索する (エリアについては後ほど説明)。

私はルームシェアのセクションにEast Cambridgeというキーワードを入れて検索。ボストンへ来る数日前に20件程度のリストを作成して、メールで片っ端からアポを取った。ボストンに着いたら、まずプリペイドの携帯をゲット、メール返事のあった物件に電話。日時を決めて部屋を見て、気に入ったら入居日や家賃の他の光熱費、通信費などを確認、契約書にサインをすれば終了。ルームシェアの場合、契約時に初月の家賃と1ヶ月分のデポジットを支払う。私にとっては、この手っ取り早さがルームシェアの魅力だ。

不動産屋を通す場合にも、基本的な手続きは同じだが、初月と末月の家賃、デポジット1ヶ月、不動産屋手数料1ヶ月、と最高で家賃4か月分に相当する金額を支払う必要がある。物件によっては、末月の家賃や不動産屋の手数料が不要だったりするので、この場合は2ヶ月分でルームシェアと同じ。不動産屋を使うメリットは、部屋を探す手間が省けること、物件下見を彼らの車で移動しながら効率的に行えること、入居前に問題があった場合に不動産屋が対処してくれること、契約に関して少し安心できる気がすることなど。

サブレット可否の確認

契約はほとんどが1年間だが、実際には1年を待たずに引っ越す場合も割と頻繁にある。この場合、契約者が部屋を引き継いでくれる人を探す (サブレット) ことになるのだが、大家によってはこれを認めていない人もいるので、契約時にきちんと確認しておくことが必要。HULTの学生として気を付けなければいけないのが、ローテーションプログラムに参加する場合。モジュールC、Dともに他のキャンパスで勉強する場合、サブレットが出来なければ3ヶ月の家賃を無駄にすることになる。

ロケーション

HULTの学生が多く住んでいるエリアについて。

1. キャンパス周辺
HultとLechmereの間に、RegattaとNorth Pointという大きなコンドミニアムがある。RegattaはHultから徒歩20秒、North PointはLechmere駅との真ん中辺りにあり、歩いて3分程度。どちらも値段はスタジオ (日本でいうワンルーム) で月1800ドルくらい気がするが、値段は常に変わるものなので要確認。契約は不動産屋を通すことになるのが普通だと思う。とにかく新しい建物で、内部も近代的で清潔。社費留学の人が多く住んでいるように思うが、予算が許すならとても快適な環境。

私費留学生が多く住むのが、Lechmere駅から西へ続く、Cambridge Street周辺。特にGore Streetと3rdからFulkerson Streetの辺りは、極端に多くのHult学生が住んでいる。3rd StreetからHultは徒歩10分程度。Fulkerson Streetからだと15分といったところ。ShawsというスーパーがGore St. と6thの交差点あたりにあるので、生活には便利だ。この辺りはルームシェアが中心。月700~800ドル程度が相場か。

Cambridgeで、もう少し賑やかなところに住みたければ、Central SquareかHarvard Square。夜遊びは楽しいのだがHultまで歩くと少し掛かる。Central Sq.まで歩くと40-50分。雪が降る冬場は自転車にも乗れないので大変そうだ。Harvard Squareは、ハーバード大学周辺。生活は便利だが、移動はバスになる。Lechmereまでバスで20分弱だが、バスが20分に1本。Tと呼ばれる地下鉄だと、かなり遠回りしてHultへたどり着くことになる。

Sommervilleは、Cambridgeの北西。移動にバスまたは車が必須。バスはこれも20分に一本程度なのでスケジュールに注意。ただ、Cambridgeよりも大き目の家や大きめの部屋に、安い値段で住むことができる。

Malden。オレンジラインでの通学になる。最寄のコミュニティカレッジ駅からHultは徒歩10分。ただ線路を越える高い端の上を歩くので冬場は寒い。インド人やラテンアメリカ人が駅前のマンションに住んでいるらしい。

Boston側、North Station近くもHultから徒歩圏内 (20分程度)。ただ、街の中心部なので家賃は高そう。そのままグリーンラインに乗っていって、Hultからだと40分ほど離れたBrooklineは、家族連れが良く住んでいる。通学は不便だが、街の雰囲気が良く、安全で、美味しい日本食屋もある。何より公共教育のレベルが高いらしく、子供連れの人に良く選ばれる。

以上、思いつくままに書いたので、後日気分が乗れば校正したいと思う。